宮永 愛子
アーティストステートメント
ベンガラ格子の家。昔はどんな家族が生活していた家だっただろう。何屋だっただろうか。現代風にリノベーションされた建物からその片鱗を垣間見ることはむずかしい。ただ室内に入ると、この建物の一番の特徴である弁柄色の格子の向こう、ここから見ると家の外側を時々車が通りすぎたり、誰かが打ち水をする音が聞こえて、閉じた部屋でも中と外とが繋がっていることを感じられる。
天井の高い空間に展示したのは《そらみみみそら》と名付けた作品。「貫入」という陶器のひび模様がうまれる音に耳を澄ます作品だ。視線を上げると、梁に吊るされた板ガラスの辺りからふいに音が届く。囁くようなかすかな音、注目を集めるくらいに響く音。さまざまなそれらの音は、見えないけれど確かに形を持っている。こちらが意識で支配しようとすると、さっと消えてしまうくらいの何かのかたち。この作品は音をきっかけして、次の音を探し耳を澄ます行為が大切だ。別に音が聞こえなくても良い。流れ星を待つ時のように、あえるかもしれないと待っている時間がいいのだ。耳を澄まし、心を澄ましていると、まわりの日常の音とともに、普段意識しないような小さな記憶や 誰かとのつながりなどが思い浮かんできた。そうだ、こういう感覚は一人で家にいる時に体験する感覚に近い。自分自身を見つめられる家で、ここからただぼうっと蝉の鳴き声に包まれた外の世界と、今自分のいる世界を観察しながら未来や過去の時間にまで思いをはせる。
ちょうど隣の部屋では掛け時計が一定の刻みをやめて、白いナフタリンの彫刻となって透明樹脂の中に眠り、目覚めを待っている。貫入の音、ナフタリンで象られた時計。世界は移り変わる環境の中で常にバランスを取りながら変化し、あり続けている。この時代に求められて、鮮やかなベンガラ色に姿を変えたこの家で、今日も変容し続ける景色と私たちを静かに見つめてみる。
宮永愛子
美術家。1974年京都府生まれ、神奈川県横浜市在住。2008年東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程修了。日用品をナフタリンでかたどったオブジェや、塩、陶器の貫入音や葉脈を使ったインスタレーションなど、気配の痕跡を用いて時を視覚化する作品で注目を集める。2013年「日産アートアワード」初代グランプリ受賞。主な個展に2018年「life」ミヅマアートギャラリー(東京)、2017年「みちかけの透き間」大原美術館有隣荘(岡山)、2012年「宮永愛子:なかそら―空中空―」国立国際美術館(大阪)など。