芸術交流共催事業「&21+」 2025年度共催事業選考結果及び選考委員会総評

採択事業団体

・加藤綾子
 事業名:透明な身体(仮)



選考委員会総評

「&21+」として2度目となる公募には13件の応募が寄せられ、クオリティが高く、美術館のユニークな場所の特性を活かした多様で実験的な応募事業が数多くありました。
選考にあたっては、次の4つが評価基準となりました。
・独自性/創造性……内容が現代的で独自の視点を持ち、新たな芸術創造につながるか
・地域性/交流性……まちや人と交流することで、新たな変化や刺激が生じるか
・批評性/現代性……「いま」行われる意義があり、現代への批評性を含んでいるか
・実現性/現実性……十分に検討された実現可能な企画であるか
これらの評価基準を総合的に勘案した厳正なる審査の結果、加藤綾子《透明な身体(仮)》が2025年度共催事業として選出されました。

次は、各選考委員(50音順)による総評となります。

岡田利規委員
わたしは《透明な身体(仮)》を推しました。楽器演奏者の出す音ではなくその際の身体/身振りの方に注目するというコンセプトが、シンプルながらラディカルであるところに、素直に、面白そう、と思いました。レクチャーパフォーマンスとして上演を実施する計画だとのことです。それが演奏者としての身体的経験からくる興味深い知見に溢れていたり、レクチャーであるとも演奏であるとも断定できないなんだか今まで見たことのないものとなったりするであろうことを、今から期待し、とても楽しみにしています。

川崎陽子委員
今回の「&21+」では、パブリックスペースを含めた金沢21世紀美術館のユニークな空間を活かそうとする計画や市民との交流に積極的な計画が多く見受けられ、この共催事業が目指すところのひとつである、まちと人と表現の出会いという部分が浸透してきたように感じた。一方で、2年ぶりの募集ということもあってか、比較的小規模、かつ他の表現分野にまで侵食していかんとするような意欲的な活動が少なくなったようにも感じた。これは今回の募集条件などが重なってのことなのか、もしくは日本のいまの表現芸術に共通する事象なのかは、引き続き考察したい。その中で選出した加藤綾子《透明な体(仮)》には、コンサートの枠組みを超えた音楽表現への挑戦と拡張の可能性を感じた。私たちの予想を超えるヴィジョンを示してくれることを期待している。

澤隆志委員
加藤綾子さんの提案は”現代”美術館で”クラシック”音楽をネタにするというチャレンジにまず興味を抱いた。伝統を受け継ぎつつなお沁み出る演奏者固有の身体性。そこにフォーカスしているのだろう。
単なる動作と違って「振る舞い」はお客様の視線を踏まえたアクションであって、鑑賞の反映である。メタ動作ともいえる。”音を観る”、”絵を聴く”など企画側が安易に言いがちな昨今、表現者から発信する振る舞いのアップデートに可能性を感じた。

JEMAPUR委員
「&21+」の選考を進める中で、それぞれの作品が「いま」という時代を映し出すようなメッセージ性や個性を強く感じました。
選考委員の議論の中で交わされた「なぜつくるのか」「何のためにつくるのか」という根源的な問いは、飽和や停滞が指摘される現代において、私たちが無意識のうちに力強い初期衝動や新たな扇動力を求めているようにも思えます。
今回採択された《透明な身体(仮)》は、伝統的な形式に新たな視点を加え、再定義を試みる挑戦的な作品です。
21美という舞台でどのような表現を生み出すのか、大いに期待しています。

長谷川祐子委員
加藤綾子の《透明な身体(仮)》は曲だけでなく、それを弾くヴァイオリニストの身体性に観客の関心を喚起しようとする試みである。クラシック曲の名曲となるとともすれば弾き手の身体性は透明なものになってしまう。音が身体のアクションと楽器との関わりから発せられていること、そこに新たなリアリテイの現場をみいだしてもらうことを目的に、レクチャーと演奏(ナチュラルと音無し)の組み合わせで実施するこの企画は意欲的な取り組みとして評価できる。

福永綾子委員
金沢市民として「観たことがないもの」「聴いたことがないもの」を、という思いで審査に臨みました。加藤綾子さんのプロジェクトは、その意味でも受け手の意識や想像力をかきたてる「余白」がたくさんあるようで、どのようにリアライズされるか楽しみです。そのほかのプロジェクトでは、特にサイトスペシフィックな要素を取り入れたものに魅力を感じましたが、なにしろ採択枠がひとつなのは惜しく思いました。