館長ステートメント

「開かれた美術館」を説くキーワード

金沢21世紀美術館は「新しい文化の創造」と「新たなまちの賑わいの創出」を目的に開設されました。「開かれた美術館」として四つの使命を担い、2004年に誕生して以来、今年で18年目を迎えます。1999年から2006年の間、金沢21世紀美術館の創設に携わり、15年を経て館長として就任のご挨拶をするにあたり、この「開かれた」、という言葉に込められたさまざまな意味をもう一度、キーワードを挙げてお話ししたいと思います。

  • Democracy:
    アートの民主化

    一つは現代アートを「民主化する」こと。現代アートを皆さんの手の届くものにして、そこから感じたことを話し合ったり、自分の内側で熟考し何らかの行動につなげたり、また新しい知を生み出したり。時代への感性を研ぎ澄ましてもらうことを目的とする美術館。

  • Polyphony / Diversity:
    多声唱和 / 多様性

    金沢市民はもちろん、国内や海外からの来訪者を含め、多様な人々に開かれた美術館であること。ここに集う多様な人々を受け入れ、一人ひとりの個性や背景となる文化が尊重されながら一つのハーモニーとなっていく。ポリフォニー(多声唱和)の声が聞こえる美術館。

  • Development:
    未来への志向

    現代アートは未来に向けて新しい視点を示したり、方法を試みたり、未知のものを生み出したりしていく表現活動です。絶えず未来の可能性に対して開かれ、常にチャレンジする美術館。

  • Interaction/ Inter-dependence:
    相互作用と相互共生

    深い文化の歴史があり、市民が芸術に対して高い関心とリテラシーを持つ金沢のまちへ向けて開かれ、相互作用(インターラクション)が起きている美術館。「まち(都市)は美術館であり、美術館はまち(都市)である」という言葉は、互いに寄り添い、ともに成長していく生きられた関係を指しています。円形で全方位に公平に開かれた透明性の高いSANAAの建築はまちと関わりながら成長する一つの有機体のような形をよく表しています。

美術館で始める“未来支度” ― サスティナビリティから新たなエコロジーへ

美術館にはこの「開かれた」のほか、もう一つ大切な要素があります。それは「サスティナビリティ(持続可能性)」という言葉です。これは美術館をつくるときの一つのミッションでもありました。建築と一体となった多くのコミッションワークは、そのサスティナビリティを端的に表すものとも言えます。美術館の体の一部となって、常に皆さんをお迎えし続けているこれらの作品。レアンドロのプールやタレルの部屋で過ごされた数々の思い出が積み重なり、皆さんの記憶、人生の一部となっていきます。そして美術館を訪れてくださる多くの来館者のおかげで安定した運営と、地域の経済や文化活動へのさまざまな循環を生み出してきました。

そして2021年。人間の営為があまりに肥大化しすぎて自然を大きく変えてしまい、後戻りができなくなってしまった「人新世」とよばれる時代を私たちは迎えています。今回のコロナ禍が示すように、新しい環境が私たちの社会や生活に大きな影響を及ぼすようになった現在、私たちは改めてサステイナブルな未来のために一層努力をしなくてはなりません。お正月はただ1月1日が来てお正月になるのではなく、大掃除やお飾りなどお正月を迎える支度をして待つことで、はじめて輝かしい新年としてやってきます。未来を迎えるのもそれと同じです。サステイナブルな未来をつくるために私たちが支度すべきこと、それを美術館は皆さんと一緒に考え、未来への準備、“未来支度”をしていきます。

金沢21世紀美術館は2024年に開館20周年を迎えます。これを一つの未来支度の目標のマイルストーンとします。今年度の美術館は「これまでの日常(あたりまえ)を問い直す」プログラムが展開されます。それに続き来年度からは、歴史、伝統から学び、これを現在から未来につなげるというTrans-historical(歴史横断的)な視点を重視していきます。

今、新素材や技術、インターネット、AIなどの環境が、私たちの心理や感情、想像力に大きな影響を与え、新たな創造の可能性が生まれています。そして大切なのは、人間中心的な視点をずらして、動物や植物、モノなどとの関係を再考する「新しい人間学」とでも呼べる領域を作ることだと思っています。こうした現代の状況を、多様な表現方法や協働(コラボレーション)を通してお見せしたいと考えています。

例えば、植物へのリサーチを映像で物語化する映像作家と自然科学者との協働、見えない情報を視覚化するデジタルデザイナーと情報科学者との繋がり、伝統の現代化を試みる工芸作家と素材開発の専門家との交流など、既存のジャンルを横断しこれまでの枠組みを取り外したさまざまな協働(コラボレーション)の可能性があります。現代という時代の中にあるこうした可能性の中から生まれる新たなエコロジーの中で、芸術がどのような役割や新展開をとげていくのか? 金沢21世紀美術館が一つのプラットホームとしての“未来支度の館”となるのか? そのファシリテイターの一人として、皆さんと一緒に歩んでいきたいと願っています。


2021年4月 金沢21世紀美術館 館長
長谷川 祐子

長谷川 祐子

金沢21世紀美術館 館長 / 東京藝術大学 名誉教授 / 総合地球環境学研究所 客員教授、公益財団法人国際文化会館 アート・デザイン部門プログラムディレクター
キュレーター / 美術批評。京都大学法学部卒業。東京藝術大学美術研究科修士課程修了。水戸芸術館学芸員、ホイットニー美術館客員キュレーター、世田谷美術館学芸員、金沢21世紀美術館学芸課長及び芸術監督、東京都現代美術館学芸課長及び参事を経て、2021年4月から現職。犬島「家プロジェクト」アーティスティック・ディレクター。文化庁長官表彰(2020年)、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ(2015年)、ブラジル文化勲章(2017年)、フランス芸術文化勲章オフィシエ(2024年)を受賞。これまでイスタンブール(2001年)、上海 (2002 年)、サンパウロ (2010 年)、シャルジャ(2013年)、モスクワ(2017年)、タイ(2021年)などでのビエンナーレや、フランスで日本文化を紹介する「ジャパノラマ:日本の現代アートの新しいヴィジョン」、「ジャポニスム 2018:深みへ―日本の美意識を求めて―」展を含む数々の国際展を企画。国内では東京都現代美術館にて、ダムタイプ、オラファー・エリアソン、ライゾマティクスなどの個展を手がけた他、坂本龍一、野村萬斎、佐藤卓らと「東京アートミーティング」シリーズを共同企画した。主な著書に、『キュレーション 知と感性を揺さぶる力』、『「なぜ?」から始める現代アート』、『破壊しに、と彼女たちは言う:柔らかに境界を横断する女性アーティストたち』など。