杉本博司 歴史の歴史

歴史の歴史
杉本博司 

カリブ海、ジャマイカ 1980年
《カリブ海、ジャマイカ》
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
アートとは技術のことである。眼には見ることのできない精神を物質化する為の。

私のアートとは私の精神の一部が眼に見えるような形で表象化されたものである。いわば私の意識のサンプルと言っても良い。私はアーティストとして長年この技術を磨くことを心がけてきた。

アートの起源は人類の起源と時を分ち合う、それは人間の意識の発生をもってその始源とするからだ。私は私の技術を磨く過程の中で、学ぶべき先人の技術を体得する為の手本が必要とされるようになっていった。手本は先人が到達すことができた地平のサンプルと呼び変えても良いだろう。一つのサンプルを入手してその技術を会得すると、会得されたその精神は又次のサンプルを欲するようになる。一つのことを理解することとは、その奥にさらに深い未知があるということを理解することだ。こうして私のサンプル収集は連鎖反応を起こして、どこへ行くとも知れず漂流するようになった。

ここに集められたサンプルは、私がそこから何かを学び取り、その滋養を吸収し、私自身のアートへと再転化する為に、必要上やむを得ず集められた私の分身、いや私の前身、である。私はそれらのサンプルから、過去が私の作品にどのように繋がってきたのかを類推し、その現場を検証するという空想に遊ぶようになった。旧石器時代の石器を握ってみると私の手のひらにぴたりと収まる。私は旧石器時代人の革命的な技術を体感するのだ、蒙昧から意識への。そしてより鋭利になった新石器時代の石器を手に取ってみる。私は一瞬にして数十万年の人類の経緯を諒解する。私はエジプトの死者の書に描かれた象形文字と神々の像に見入る。死者を覆っていたであろうこの一枚の麻布が五千年という時間の物差しを私に突き つける。ゆっくりと流れていた古代の時間は急速に加速しながら現在の私に向かって流れて来るように思える。昔千年かかった変化が今は数十年で達せられてしまう。時間の矢は今も加速を続け、ある臨界点に向かいつつあるようだ。
天地開闢以来、幾多の文明が栄え滅びてきた。その度に歴史は書かれ又書き換えられてきた。歴史とは生き残った者が語り継ぐ勝者の歴史に他ならない。語り継ぐ者のいなくなった敗者の歴史は遺物となって その内に閉じ込められ、私に何かを語りかけてくる。数十億年前に絶滅してしまった生命の種が化石となって私に語りかけてくるように。こうして私は歴史から一歩距離を置いて、私が収集してきた遺物を眺め暮らすようになった。

私の集めた遺物達は、歴史が何を忘れ、何を書き止めたか、そんな歴史を教えてくれる。
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「杉本博司 歴史の歴史」展について

《放電場 019》2007-08年
《放電場 019》
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
現代美術の写真表現において第一線で活躍する杉本博司(1948-)は、2003年より「歴史の歴史」という表現を行ってきました。杉本の収集品、自身の写真作品が併存する「歴史の歴史」は、現在までアメリカやカナダを巡回しながら、杉本の収集活動と制作活動が反映され、多様な変貌を遂げてきました。
《法隆寺 伝来裂》、《正倉院 伝来裂》、《紺紙銀字華厳経 一巻》-現在の杉本のコレクションには、考古物や美術という一般的な枠組みで価値づけられているものから、それ以外の宇宙食、宇宙写真、18世紀医学書、第二次世界大戦時のタイム誌といったものが含まれます。本展「杉本博司 歴史の歴史」では、これらの作品とともに新作《放電場》を含む杉本自身の写真作品が展示され、新たな「歴史の歴史」という表現が映し出されます。特に、杉本の収集品である天平期建立の当麻寺東塔の古材と杉本の新作写真によって構成されるインスタレーション作品《反重力構造》は、杉本の「歴史の歴史」という世界像そのものを物語ります。
金沢21世紀美術館の9つの独立した展示空間は、これらの作品世界の多様な形相を浮き彫りにすると同時に、杉本の歴史観、世界観、そして創造性の有機的な関係を総合的に展観する場となるでしょう。


《反重力構造》(部分)2008年
《反重力構造》(部分)
© Hiroshi Sugimoto / Courtesy of Gallery Koyanagi
「歴史の歴史」を総括する展覧会
杉本博司は2003年より「歴史の歴史」という表現活動を行ってきました。この「歴史の歴史」は、アメリカ、カナダの様々な美術館を巡回しながら、その都度変貌してきました。本展では、杉本の新規収集品や自作が含められる新たな「歴史の歴史」が展開、これまでの「歴史の歴史」を総括する大規模な展覧会になります。
金沢21世紀美術館の展示室との美しいコラボレーション
本展は金沢21世紀美術館の9つの展示室(展示室5、展示室7〜14)において、それぞれの展示室の特質を生かした展示が展開されます。特に、展示室8で展開される《反重力構造》は、奈良の当麻寺(たいまでら)をモチーフとした写真作品と当麻寺東塔に用いられていた古材等によって構成される作品です。12 メートルという天井高を最大限に生かした展示が予定されています。
日本初公開の杉本博司作品
本展では日本初公開の杉本博司の写真作品が公開されます。《放電場》、《放電場 電飾》、《反重力構造》の「当麻寺写真」等、杉本博司の新たな表現が映し出されます。
近年の杉本コレクションが公開
杉本は現在も精力的に収集活動を行っています。近年では、宇宙食、宇宙写真、18世紀医学書、第二次世界大戦時のタイム誌といったものが収集されてきました。これらの新たな収集品が、自作の写真作品とともに、新たな「歴史の歴史」というかたちへ生まれ変わります。
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作家プロフィール

杉本ポートレイト
杉本博司
1948年東京生まれ。1970年に渡米、1974年よりニューヨークに移り写真制作を開始。「劇場」「海景」などに代表される作品は、明確なコンセプトと卓越した技術で高い評価を確立し、世界中の美術館に収蔵されている。2000年ハッセルブラッド国際写真賞受賞。精力的に新作発表を続けながら2005年より初の回顧展が森美術館(東京)を皮切りに米国巡回、2007年からはヨーロッパを巡回。
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関連書籍

「杉本博司 歴史の歴史」展開催にともない、下記のとおり書籍が発行されます。

タイトル:「歴史の歴史 杉本博司」
版  型:天地290ミリ×左右228ミリ
頁  数:336頁
製  本:上製本、ジャケット巻き
予  価:8,500円(税込)
発 売 日:2008年12月20日予定
発  行:新素材研究所
内  容:作品解説 杉本博司
     「歴史の歴史」について 建畠晢(国立国際美術館 館長)
     「対談:美的価値と交換価値 杉本博司×秋元雄史(金沢21世紀美術館 館長)
     「反重力構造‐「歴史の歴史」というかたち  村田大輔(金沢21世紀美術館 学芸員)
     「杉本博司‐コレクションする精神 岡村知子(金沢21世紀美術館 学芸員)

杉本展の会期中(3月22日まで)、美術館ミュージアムショップに限り特別価格6,800円(税込)で購入が可能です。ただし配送は別途料金が必要です。美術館ミュージアムショップ(電話076−236−6072)で予約販売を受け付けています。

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関連イベント

会場図


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