特別展示 森村泰昌 ≪卓上のバルコネグロ+五つの水の塔≫
美術家・森村泰昌は、自身が絵のなかに入り込み、登場人物に扮して、古今東西の名画を精巧に再現した「美術史の娘」シリーズや、銀幕のスターをモチーフに数々の女優に扮した「女優」シリーズなど、大型のカラー写真を使ったセルフ・ポートレート作品でよく知られる。
当初49点のモノクローム写真で構成された作品≪卓上のバルコネグロ≫は、そんなセルフ・ポートレートのシリーズが生まれる直前、1984年から85年にかけて制作された。いわば作家の“セルフ・ポートレート前史”にあたる作品である 。
この作品のタイトルは、当時森村がよく聴いていた、アマリア・ロドリゲスの歌うポルトガルの民族音楽ファドの名曲「暗い艀(バルコネグロ)」からとられている。作品の全体は、「卓上の都市」「森の塔」「花嫁が見つめたもの」「水の塔」「卓上のバルコネグロ」「月に吠える者」「幾何学の花」「泳ぐ人」の8つのシリーズから成っている。

森村泰昌は、1951年大阪に生まれた。京都市立芸術大学に学び、同大で教授を務めていたアーネスト・サトウに大きな影響を受ける。サトウは、コロンビア大で美術史を専攻した後「ライフ」誌でも活躍した写真家で、作家は大学卒業後およそ9年間に渡りその助手も務めた。作家はしばしば、サトウからその合理的な写真の技術にとどまらず、西欧の「モダニズムの美学」そのものについても感化を受けた、と語っている。
本作は、サトウの影響のもと、自然光を多く用いて撮影されたモノクロームの美しいトーンや、オブジェを用いて入念に作り上げられた画面構成など、ロシア・アヴァンギャルドやバウハウス、アール・デコなどの20世紀初頭に存在した美術様式が参照され、作家の現在に続く美術史への強い関心がすでにうかがわれる。
本作のうち6点は、撮影された当時(84年)に開かれたグループ展に出品されたが、その後長らく公開されることがなかった。2003年になって初めて、被写体となったオブジェとともにまとまった形で発表され、さらに2006年には、新たに作家による詩文が添えられて、装丁の美しい一冊の本として上梓された(『卓上のバルコネグロ』青幻舎/2006年)。
『卓上のバルコネグロ』(青幻舎/2006年)あとがきより。作家の名を世に広めたセルフ・ポートレート作品は、1985年のグループ展「ラデカルな意志のスマイル」(ギャラリー16/京都)で発表された2点の作品≪肖像(ゴッホ)≫、≪肖像(カミーユ・ルーラン)≫より始まるが、当館はこの2点も所蔵している。
アーネスト・サトウは、1927年、日本人を父に、アメリカ人を母に日本に生まれた。早稲田大学を卒業後渡米し、オクラホマ大で音楽美学を、コロンビア大で美術史を学んだ。作家が親しみを込めて「アーネスト」と呼ぶサトウとの関わりについては、『美術の解剖学講義』(森村泰昌著/平凡社/1996年 ちくま学芸文庫に再録)、及び「特集 アーネスト・サトウの写真教室」(『芸術新潮』1999年6月号)などに詳しい。

本作は、その後のよく知られたセルフ・ポートレートの作品群とは趣きを異にするが、作家自身、自身の「表現の原点」だと語っている。
今回の展示にあたって、シリーズ「水の塔」の5点の作品に写るオブジェが、「光造形」という最新の技術を使って新たに立体化される。 当初の「水の塔」は、実際にサイコロを積み上げその前に壜をおいて、壜のガラスの歪みを利用して撮影されたという。20年余りの時を経た今回、水に揺らぐかのようなその塔の姿が、写真の画像から光を介して樹脂に刻みこまれ、現実のものとなって甦る。市松模様のタイルが敷かれた展示室にそれら五つの「水の塔」が配置され、≪卓上のバルコネグロ≫は、展示室一室の空間全体を作品化する≪卓上のバルコネグロ+五つの水の塔≫として新たな姿を現すこととなる。

協力:3DデジタルサービスOURA (小浦石油株式会社)

「森の塔」

「泳ぐ人」

「花嫁が見つめたもの」

「卓上の都市」
「月に吠える者」 「水の塔」 「卓上のバルコネグロ」 「幾何学の花」

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